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ファイル1 第4話:「もうこの世にいない」 ――絶望の底で“何か”が喉笛を裂く

last update Petsa ng paglalathala: 2025-12-17 20:00:42

 俺は抵抗しても敵いそうにないため、大人しく連中に従うことにした。明らかに向こうは肉体労働者か、その筋の人間で、こちらは運動不足のアラサーだ。勝負になるわけがない。

 そして、俺は通話越しの薫のことを考えた。(いきなりですまないが、頼んだぜ、薫。……やっぱり連れてこなかったのは正解だったな)

 俺は二人に連れられ、この連中の詰め所に連行されている。

「おい、お前はどこの事務所なんだ?」

 俺を後ろから追い詰めた方が、いきなり聞いてきた。

「え?」

 俺は戸惑った。俺は芸能人じゃねえぞ。

「『えっ』じゃねえだろ、どこの探偵事務所なんだ?」

「あっ、ああ」

 一瞬、俺は(その設定まだ生きてたんだ)と思ったが、この設定は俺の生命線だ。個人だと分かったらどういう手に出るかわかったもんじゃない。場合によっては薫にも危害が及ぶ。

「いや、今どきインターネットで広告もしてないようなチンケな事務所でして……槻島探偵事務所といいます」

「……で? 何人くらいいるんだ」

「……俺を含めて五人かな」

「……そのくらいならなんとかなるか……で、どこにあるんだ?」

 やべえな。思った以上に武闘派だった。くそっ! とりあえず、今は続けるしかない。

「……えっ、い……嫌だなぁ。何も見てないから見逃してもらえませんか?」

「そいつは、お前のところの事務所の対応次第だ。所長は何ていう名前だ?」

「槻島蓮です」

「で? お前の名前は?」

「……え、えーと田中……」

 俺が咄嗟《とっさ》に答えられないでいると、突然、男の目つきが変わった。

「ちっ! お前、俺達のこと舐めてるだろ……」

 男は凄むと、唐突に腹を殴ってきた。

「うっ!」

 腹に叩き込まれたパンチの衝撃に、俺は息が詰まり、視界が白く濁る。胃液が逆流する激しい痛みに、その場にうずくまるしかなかった。

「こいつのこれまでの話は全部ウソかも知らん……オイ、お前。今度嘘をついたら、こんなもんじゃ済まねえぞ」

 男は俺の髪を引っ張って起き上がらせると、顔を近づけて睨みつけてきた。

「分かってんだろうな!」

 俺は、しかたなく頷いた。

「いいことを教えてやる。お前が探していた男、動画配信者って言うんだっけか……あれはもうこの世にいない。あの家の爺さん、婆さんと同じ所にいるよ」

 男は、そう言って歪んだ笑みを浮かべた。

 男がこともなげに言った、その内容に俺は驚愕した。たかだか太陽光パネルのために、そこまでするのか? そしてそれを教えるということは、俺も殺すつもりってことか。くそっ! 親父たちの死の真相も知り得ず、こんなところで死ぬわけにいくか!

「素直に吐けば、せめてもの情だ。苦しまないように殺してやるよ」

 その時だった。

 まるでスイッチを切ったように、音が消えた。

 あれだけ賑やかだったフクロウや虫の鳴き声が、唐突に遮断されたのだ。いや、風の音すらしない。世界から音という概念が抜け落ちたような、耳が痛くなるほどの静寂。

 これは明らかに異常事態だ。

「何か聞こえないか?」

 俺は男に聞いてみた。

「は? 何言ってんだ。……虫一匹鳴いてねえ、静かなもんじゃねえか。……? いや、静かすぎるのか……?」

 男たちも流石に気づいたようで、キョロキョロと辺りを見回し始めた。

 俺も辺りを見回した。視界の端で、闇が揺らいだ気がした。

 そこを見ると悪寒が走った。何もいない。いないはずなのに、空間の一部が、不自然に歪んでいる。まるで、そこだけ背景画像が欠落したような、黒い“ノイズ”のような影。

『……ヴヴヴ……』

 耳ではなく、脳の奥底に直接響くような、重低音の唸り声。

 次の瞬間、影が弾けた。

 闇の中から、黒い渦のような塊が飛び出してきた――そう認識したときには、そいつは目の前の男の首元を通り過ぎていた。

 噛みついたわけではない。ただ、通過しただけに見えた。

「うぐっ……何……な……んだ……」

 男が首を押さえる。指の隙間から、音もなく鮮血が溢れ出した。

 いや、違う。傷口から血が出ているのではない。喉そのものが、ごっそりと“消失”していた。まるで消しゴムで空間ごと削り取られたかのように、肉も骨も声帯も、断絶していた。

 ドサリ、と男が崩れ落ちる音だけが、静寂の中でやけに大きく響いた。

 月明かりと僅かな電灯に照らされて、その黒い影が、一瞬だけ獣の形をとった。それは半透明で、男の首を抉り取ったはずなのに、その体表には返り血一つついていない。ただ、夜の闇よりも暗い、黒い渦のようなものがまとわりついているだけだ。

「……これは……怨霊?」

 俺は、その“犬”のような影を見てそう思った。物理法則を無視した暴力。疲労とは別次元の恐怖で足が震え、力が入らなかった。

 “犬”は、倒れた男が動かなくなるのを見ると、もう一人の男の方へ、ゆらりと向き直った。

「ひっ、……た、助けてくれ……」

 男は誰ともなく、そう呟くと後ずさった。しかし、“犬”は一瞬で間合いを詰め、またしても男の喉元を、その漆黒の牙――あるいは虚無の空間――で薙ぎ払った。

「止せ、やめるんだ」

 俺は、“犬”にそう叫んだが、無駄だった。その声が聞こえたのか、一瞬こちらを向いたが、興味を失ったように首を振り、男の喉を絶った。

 俺は次は自分の番かと思って身構えたが、犬は俺を襲ってこようとはしなかった。

 その時、スマホから薫の声が聞こえた。

「先生!? 大丈夫ですか? 今向かっています」

 俺がスマホに意識を向け、ポケットから取り出した時、犬の姿はもう消えていた。同時に、森に虫の音が戻ってきた。

 今の静寂は一体なんだったんだ。

 しばらく呆然として待っていると、俺の車に乗った薫がやって来た。

 薫は、車のライトでこの惨状を照らし、見えてしまったのだろう。暗闇も相まって青ざめた表情で、俺の顔を見て、聞いてきた。

「先生、大丈夫でしたか? それにこれは一体?」

 俺は(疲労と恐怖で)考えるのが面倒になってきていたが、心配げな薫の表情を見て、気を持ち直した。

「俺は大丈夫だ。ま、足がガクガクだけどな。……それとコイツラは……薫、そこのゴミ捨て場が見えるか?」

「あっ、はい。暗くてよく見えませんが、なんです?」

「不法投棄された太陽光パネルだ」

「……太陽光パネル。……なんでそんなものが?」

「その理由は、向こうにある詰め所だか、事務所だかを調べれば、なにか分かるんじゃないか?」

 そう言って、俺と薫は連中の詰め所に向かった。

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